酔っぱらいの戯言part234828

最近、どうも一日の始まりに何かしらの歌が頭の中にポッと浮かんできて、そのまま一日中離れないことが多い。今日は「コメットさん」のエンディングテーマでした(笑)。「コメットさん」なんて5話で見捨てたのに(アニメのやつのことよ。九重佑三子でも大場久美子でもありませんよ)…。ああ、でも確かにあのエンディングテーマはとてもいい曲。

買うか。あとは「PPGZ」のエンディングテーマも欲しいねえ。まああれは絵と一緒でないと価値が半減してしまうかもしれませんが…。まあでも、残念ながらもしあのエンディングのようなノリをPPGZが目指しているのだとしたら、それは間違いだと言わざるを得ませんが…(苦笑)。あまたのギャグアニメが通って失敗してきた道です。何度も書いたと思いますが、やっぱりギャグは本気で笑わせるようなものを目指さないと駄目です。「子供向けだから」って、甘く作るともうそれはギャグでない、ただのつまらない「動く絵」になってしまう。今深夜で何かギャグものがやっているかどうかは知りませんが、深夜以外、あとクレヨン某とかちび某とかの長期ものを除いたら、まあ僕も全然チェックはしていませんがおそらくギャグとして体裁を保てているのは「アニ横」くらいじゃないでしょうか(だからこそ貴重、もう残り少ないけど…)。

なんで子供向けのギャグって、TVアニメになったときにこう尻込みしてしまうんでしょう。ちょうど昨日、中島らもの新しい本(つっても当然本人は死んでますから過去の雑誌掲載の未収録モノ)が出ていたので買って読んだんですが、彼によれば笑いには三つの系統があると。
1.「あほ」系統(僕注:あほな人間を馬鹿にして楽しむ)
2.精神障害者差別系統
3.身体障害者差別系統
そして、これ以外のものとして「ナンセンス」を挙げています。

曰く「笑いとは差別的構造を内包している」と。
マルセル・パニョルという作家の「笑いとは優者の劣者に対する優越的感情の爆発である」言葉も引用してしていました。まあ、これは分かりますよね。だからこそ、「笑い」に子供の目が向かないようにという意識が働くこともつじつまが合います。

それじゃあと、差別以外の笑いを求めようとすると、もうこれはナンセンスしかない(そして、らもはそこに行った)。ところが、ナンセンスは子供に一番分かりにくい(泣)。アニメ版「アニ横」も、面白かった回はほとんどが「意味ネー」内容でしたが、正直子供が食いついたとは思えない。失敗したギャグアニメの典型例として僕が何度も(血の涙を流しながら)挙げている「デ・ジ・キャラットにょ」も、1999年の初代でじこは深夜放送であったがために?ナンセンスで突っ走って成功したのに日曜朝になった瞬間にそれらが全て息を潜めてしまったことが失敗の原因だったことはもう誰が見たって分かります。まあ、今となってはナンセンス一辺倒で日曜朝にやっても駄目だったろうということは理解できるようになりましたが(大人になったなw)。

「コメットさん」の話だったはずなのに、結局脱線して、そのままどこかに行ってしまうんですね、僕の文章は(笑)。

ちなみに、見捨てたといえば「おとぎ銃士赤ずきん」は見捨てました。田村ゆかりの萌え萌えボイスに耐えられません(「リリカルなのは」も駄目だった)。しかし、そう考えるとよく「ぴたテン」を全話見たもんだ…。

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